ロック・ミュージックとは

ロック rock とは、アメリカで1950年代に黒人音楽と白人音楽の融合により生まれたポピュラー音楽のジャンルのことです。
ジャズ、リズム・アンド・ブルース (R&B) と共に世界中に広まったアメリカ発の音楽で、世界中の音楽シーンに衝撃を与えただけでなく、その影響はポップカルチャー全体に及び、その社会的インパクトは極めて強かったと言われています。

ロック・ミュージックは、いわゆるロックバンドスタイルで演奏されます。

そのスタイルとは、ボーカル、ギター、ベース、ドラムを基本構成としています。また、この構成にプラスして、キーボード、ピアノなどの鍵盤楽器やトランペットやトロンボーン、サックスなどのホーンセクションが加えられる場合もあります。更に、アーティストによってはヴァイオリン・コントラバスのようなもっぱらクラシック音楽で用いられる楽器を加えることもあり、その他にもシンセサイザーやコンピュータサウンドを併奏させることもあります。

稀な例外を除き、8ビート、2ビートか、或いは16ビートで演奏されます。激しいビートサウンドが特徴であるが、今日でも様々な演奏様式を取り入れながら発展し続けており、この範疇に入らないロックも増えています。いずれにせよ多くは4分の4拍子で、おおむね1曲あたり3分から5分の演奏時間となり、シングルや音楽配信で商業的に1曲ごとに切り売りされています。

代表的なロック・ミュージックの定義

・最広義のロック:

1950年代以降のロックンロール誕生以後のポピュラー音楽のうち、若者を主なターゲットとする音楽を全てロックとして捉える定義です。

この定義では、狭義のポップスやソウル/R&Bもロックの範疇に入ることになります。この捉え方は一般にはあまり浸透していないが、ロックとソウル/R&Bは特に1950年代においては区別しにくいことや、人種差別に至らせないため(「ブラックミュージック」という言い方を避けるため)の配慮から、特にポピュラー音楽を学術的に研究する場合などに用いられることが多いようです。

・広義のロック(英語圏や欧州などを中心に最も世界的に浸透している定義):
最広義のロックからソウル/R&Bを除いたものをロックとして捉える定義。アメリカでは、ラジオ局がロックとソウル/R&Bで分かれていることや、レコード店の商品陳列がこの定義に従っていることが多いため、もっとも広く浸透している定義でもあります。この定義を採用した場合、ブルー・アイド・ソウルをロックに含めるかソウルに含めるかは人によって考え方が異なっています。

・狭義のロック(日本で広く浸透している「ロック」):
「広義のロック」から「ポップス」を除いたものをロックとして捉える定義。日本ではこの定義が比較的広く浸透しています。ここで言う「ポップス」は一般に(1)自作曲中心でない(2)バンド(ギター、ベース、ドラムスが主となる)という演奏スタイルでない(3)アーティストの自主性よりもレコード会社の主導性が強いなどの特徴を持つものとされています。しかし、この「ポップス」の概念自体、そもそもが日本の独自性の強い概念です。

つまり、ここで言う「ロック」は、

・曲を自作
・バンドスタイル(ギター、ベース、ドラムスが主流)の演奏
・アーティストの自主性で成り立つ
・ソウル、R&Bなどではないということ

ということですね。

具体的にどのアーティストがロックでどのアーティストがポップスかは人によって考え方が異なって、当然です。

ロック・ミュージックの歴史

ロックンロールがいつ誕生したかについては諸説がありますが、少なくとも1954年にビル・ヘイリーの “ロック・アラウンド・ザ・クロック” のヒットや、チャック・ベリー、リトル・リチャードの登場によって、ロックンロールはアメリカのポピュラー音楽における一大潮流のひとつとなりました。

同年にサン・レコードからデビューしたエルヴィス・プレスリーが1956年に大手RCAに移籍して大スターになったことにより、その影響力は決定的なものとなり、バディ・ホリー、ロイ・オービソン、エヴァリー・ブラザーズらが続きました。

ロックンロールは、クラシックやジャズ、ゴスペルなどといった音楽ジャンルに代わる、若者に訴求しやすいカウンターカルチャーとして創始された側面が多分にあります。

これはチャック・ベリーの楽曲「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」などに明確に見受けられます。この精神性は「ロックンロールはある特定の体制・要素(時代によってそれは多様に変質していく)への対抗文化である」という思考に結実し、以降のロックの発展において一種のアティチュードととして隆盛することとなりました。

1959年頃から、ロックンロールは徐々に洗練を深めます。アーティストによるオリジナル・ソングやブルースのカヴァーを中心としたレパートリーに代わり、ロックンロール向けの新曲を提供する音楽出版社が台頭し、ストリングスなども導入されるようになりました。この流れを「ブリルビルディング・サウンド」と呼び、この頃から “ロックンロール” に代わって “ロック” という呼び方が一般化してきました。

ロックカルチャー

最初期の多くのロックは、既成概念や体制に対する反抗心や怒りを強く表現することが主体で、カウンターカルチャーとしての存在意義を持っていました。しかし、当初はアウトローな存在として登場したロックのムーブメントも、やがて人気を得るにつれて大衆性を強めた結果、逆説的にメインストリームとなり、更にそれに対する新たな対抗文化=新たなるロックジャンルが生まれる、という流れを表面上では何度も繰り返しています(ロックはもともと、既存のジャズやクラシックに対して、若者の新たな対抗音楽として誕生しているわけですが)。

しかしながら、例えば「A」というロックジャンルに対する対抗ジャンル「B」も大枠で見て同様に「ロック」であるため、この項で扱われるロックの概念に逸脱するような本質的な差異があるわけではありません。同ジャンルの中で、互いに否定しあっているにすぎません。

また、ロックミュージシャンのことをしばしば「ロッカー(Rocker)」と呼びます。ただし、かしこまった感が強い用語なので、NMEなどの有力媒体を始めとして、近年ではこの言葉が扱われることは少なくなっています。なお一部には、演奏家やファンの生き方や精神性の部分に「ロック」の定義を求めるような意見や論調もあります。

ロックという言葉は黒人の俗語で、性行為をあらわす意味のロックンロール(Rock and RollあるいはRock’n’Roll)の略語として、その黎明期からしばしば用いられていました。

1960年代にはロックという呼び方が一般化し、ロックンロールと呼ぶことは少なくなっています。イギリスやアメリカでは現在も、かしこまった言い方としてロックンロールという言葉が用いられることもあります。

その一方で「ロックンロール」と「ロック」を別のものとして捉える意見も存在しています。この見方では、1960年代サウンドが進化してその枠を壊し、新たなサウンドの多くが生まれ、それらのサウンドの総称として「ロック」という言葉が使われていいます。これは「ロックンロール」は多様化してきた「ロック」の中の一つのジャンルである、という捉え方であるようです。

70歳のロック・ミュージシャン

元ビートルズのポール・マッカートニーが70歳、古希だとういのに精力的に音楽活動をおこなっていることに驚きました。

70歳と聞くとイメージするのはかなりの老人ですが、ポール・マッカートニーを見ていると年齢なんて関係ないと思わせるほど若々しいのです。どうしてこんなに若さを保てているのか気になり色々調べてみたところ、彼はベジタリアンであることを知りました。ポール・マッカートニー本人も、インタビューでベジタリアンであることがスタミナの秘訣になっていることを認めています。彼によると、なるべく素材の良いものを選ぶようにして野菜と果物を多くとるように心掛けているのだそうです。もともとポール・マッカートニーはこれらの食べ物を好んでいるらしく、健康に良いからといって無理に摂取しているわけではないそうです。

そこで気になるのが、なぜ彼がベジタリアンになったのかということです。驚くことに、ポール・マッカートニーがベジタリアンになったきっかけはなんと魚釣りが関係していました。魚の命と自分の命の重さがおなじであることに気付いたことがそのはじまりです。このエピソードはファンのなかでも有名らしく、ネット上ではかっこいいとたたえられています。ベジタリアンの彼が、特に好きな料理はオニオン入りのマッシュポテトです。ベジタリアンじゃなくても真似できるお手軽な料理なので今度挑戦してみたいです。

記憶にあたらしいポール・マッカートニーのニュースといえば、完全復活して再来日をはたしたことではないでしょうか。2014年の来日公演の際は、体調不良によりキャンセルになりファンのみならず日本中が心配しました。ですが、今回再来日公演が決定したことでまた元気な姿のポール・マッカートニーを見ることができます。彼は前年、腸捻転を患い日本で手術をおこなったそうですがアメリカに戻った際はメディアに向けて日本に戻ることを公言していたそうです。その約束を果たすべく、再来日公演を見事に成し遂げました。

実際にコンサートに行ったのですが、大変大きな盛り上がりを見せていました。登場した際は、日本語でファンにあいさつするなど親日家の面もうかがうことができました。おなじみの昔の曲はもちろんのこと、新曲まで披露してくれてファンにはたまらない時間となりました。あとから知ったのですが、再来日公演のチケットの当選率はかなり競争が激しかったようで、今回チケットを手にすることが出来て本当にラッキーでした。コンサート会場ではグッズも購入することができて大変満足でした。2時間越えで全37曲という贅沢な時間を過ごすことができました。なかでも特に感動したのは会場がひとつになって合唱をしたことです。ファンが心待ちにしていた気持ちをポール・マッカートニーに伝えることができたのではないかと思いました。こんな風に年を重ねていけたらいいなと思わせる貴重な時間を体験することができました。

70歳のロック・ミュージシャンたち

70歳以上のレジェンドミュージシャンと言われて頭によぎるのは、ボブ・ディランやミック・ジャガー辺りが有名です。でも、私の中で、ボブ・ディランやミック・ジャガーに勝るとも劣らない存在感のレジェンドミュージシャンが居ます。その人の名は、ロッド・スチュワート。

今年、ちょうど70歳になるロッドは、正直、ボブ・ディランやミック・ジャガーと比べると、少し小さく見えるかもしれません。ボブ・ディランが171cm。ミック・ジャガーが178cm。さて、ロッド・スチュワートはと言うと、157cm。身長差は、ミック・ジャガーと14cm、ボブ・ディランとは21cmもあります。完敗です。

ロッド・スチュワートは、マスコミから154cmしかないらしいと言う噂が流れた際に、冗談まじりに言ってます。「俺は、絶対に154cmじゃないんだ。『ペニー・ランカスターと一緒のリトル・ロッド・スチュワート』と言われるのにうんざりしてるよ。マジでイライラする。俺は157cm近くある」

この言葉に出て来るペニー・ランカスターとは、ロッド・スチュワートの現在の奥さんで、186cmの大女です。調べてみると、ロッド・スチュワートはよほど身長にこだわりがあるのか、歴代の奥さんが揃いも揃って、全てロッド・スチュワートより背が高いのです。1人目のディー・ハリントンの身長は不明だが、2人目のブリット・エクランドは165cm、3人目のアラナ・ハミルトンは175cm、4人目のケリー・エンバーグ 173cm、5人目のレイチェル・ハンターは178cm、そして6人目が現在の奥さんです。ここまでたくさん結婚出来ているだけでも、レジェンドミュージシャンと呼べると思います。

でも、ロッド・スチュワートはレジェンドと言われていても、未だ枯れてはいない、その存在感が本当に素晴らしいと思います。私は正直、若い頃のI’m sexyと歌っていた頃のロッド・スチュワートは好きではありませんでした。けれど、2013年に自身で34年ぶりとなる全英1位を獲得したアルバム「タイム〜時の旅人〜」では、本人のオリジナルナンバーも多数作詞作曲しています。このニュースを聞いた時、私は本当にロッド・スチュワートを見直しました。私にとってそれまでのロッド・スチュワートは、いつだったか日本のCMでキャロル・キングのso far awayをカバーした曲が、少し良かった程度で、失礼ながらすでに過去の人としてしか見ていませんでした。ところが、家族を題材にした歌を自分で作詞作曲して、たくさんのファンだけでなく、本当にたくさんの人々から祝福され、全英1位を獲得しました。

もちろん、他のレジェンドミュージシャンも、素晴らしいと思います。ボブ・ディランが湾岸戦争の時に反戦歌が自粛される中で、変わらずに反戦歌を歌ったとか、ローリング・ストーンズが日本に来るたびに、一体何回日本の土を踏むんだろうと驚く事はそれぞれにあると感じています。しかし、あれほど好きではなかった私も、ミーハーなロッド・スチュワートファンに変えてしまうこの人は、やはりレジェンドミュージシャンだな、と思うのです。

ロッド・スチュワートも今年70歳

高齢になるにつれて何をするにも億劫になってしまうというのは万国共通だと考えられがちです。しかし全員が全員そうではないということを英国を代表するロックスターが証明しています。

ロッド・スチュワートは今年でなんと70歳になりますが、彼の影響を受けた日本のミュージシャンも少なくありません。今年古希を迎えた私にとっても彼はいつでも音楽におけるヒーローでした。若かりし頃は彼の髪型を真似、服装を真似てロックを楽しむ自分が一番好きでした。年齢を重ねるにつれて結婚して子供が生まれ、その子たちも成長し、孫も生まれました。しばらくロッドのことを考えない日々も続きました。しかし最近古希を迎えてふと昔の自分を思い出し、ロッドの曲を流してみたのです。最初は自分でもよくわからない心臓が高鳴るような気持ちでした。しかし曲を聴き進めるにつれて自分は今でも古希であろうとロックの真髄を実感させてくれる人物としてロッドを考えているのだとわかりました。彼はこんなに年齢を重ねた私にとってもいまだミュージックヒーローだったのです。

ロッドは数年前に8人目の子供が生まれているほど若々しいですので、そこまでは無理かもしれませんが、私ももっと行動的になろうと思いました。子供が古希の祝いにとウォークマンをプレゼントしてくれましたので、これを機会に散歩の時にでもロッド・スチュワートの曲を聴きながら歩いてみようかと考えています。見た目ももう少しオシャレを頑張ってみようかと言うと、妻がロッドのおかげで良い影響を受けてるとおかしそうに笑っていました。

今はライブの予定などはなさそうですから、昔からの友達を集めてロッドの曲を聴いて練習したギターなどを持ち出そうかとも言っています。同い年の友人も私と同じように偶然にもロッドの曲を聴いていたことを知った時には思わず声をそろえて驚きました。古希というのが良いきっかけになったのかもしれません。その日以来、家にこもりがちだった友人も一緒に出かけて昔を思い出し、楽しい会話が弾む日々を送っています。もしも昔に戻れたらという会話はしませんが、これからの人生の楽しみを見つけようという会話がよく出るようになっています。彼の音楽は私のようなすっかり好々爺のようになってしまっていた者にも夢を与えてくれました。

そして何より楽しいのは私が彼の曲を聴いていたら息子が誰の曲か聞いてきて今では息子もロッドの曲を聴くようになっていることです。まさか息子と一緒にロッドについての会話をするようになるとは思ってもいませんでした。ロッドのロック魂というのは世代を超えて伝わるものなのでしょう。妻も昔彼のファンでしたから、彼の生まれ故郷である英国へ旅行して本場で音楽を楽しむのも良いかもしれないとさえ考えています。ロッドがまたライブなどを行なってくれれば良いのですが、その日を楽しみに私もこれからの人生をポジティブに行動的になりたいものです。

書き初めとは

1月2日は仕事始めの日とされており、仕事を始めると同時に田畑や山の神を祀ったりしていました。そして新しい年に初めて絵や文字をかくという書き初めは、この仕事始めの日に何かを始める、というしきたりに習ったとされています。仕事始めはあくまでも1月2日であって元旦に書くことは書き初めにはならないので、注意しましょう。また近年の書き初めと言うと新年の抱負や目標などを掻きますが、昭和の初めのころまでは寿や福などを書き、神棚やその年の縁起の良い方角に貼られていました。正月飾りはどんと祭で焼く習慣がありますが、書き初めも当てはまり、どんと祭で燃やすとされています。ちなみに燃やした紙や灰が高く上がれば字が綺麗になるとも言われているので、試してみると友達や家族で盛り上がり楽しめるかもしれません。ちなみに書き初めの内容としては文章で書くよりも、熟語や四字熟語の様な意味がこもっており、簡潔にかける言葉の方が好まれています。